フォースター評論集 再感想

信頼は自然な心の温かさがなければ成り立たない。たいていの人には、この温かい心がある。と、フォスターはいう。
残念ながら冷えてしまったことがある。故に、前妻と別れることになってしまった。
 
信義を守る。自分の明かりだけが闇の中で輝く唯一の明かりではない。唯一の明かりではない。闇が負かすことのできない唯一の明かりではないことを信じられる。と、フォスターはさらにいう。ヨハネによる福音書からだ。
 
わたしの立法者はエラスムスモンテーニュであって、モーセでもパウロでもない。・・・私は、「神よ、私は信じません。ーーーどうか許したまえ」をモットーとする。と、フォスターはさらにいう。イザヤ書など引用があるのは信仰とは関係が無いのか。
 
人間は権力の座につくとたんに不正直になり、時には頭までおかしくなってしまう。というのも、権力を持つと、まともな正直さではひきあわない世界の人間になってしまうからである。と、フォスターはさらにいう。歴史は繰り返すのか。周りがイエスマンばかりになると、末期だ。
 
寛容の精神は、街頭でも会社でも工場でも必要ですし、階級間、人種間、国家間では、特に必要です。さえない美徳ではあります。しかし、これは想像力はぜったい必要なのです。たえず、他人の立場に立ってみなければならないのですから、それは精神にとって好ましい訓練になります。と、フォスターはさらにいう。想像力が働かない本は自分にとって名作ではない。
 
個人は神が造った立派な存在だと思えるからで、個人を卑小化する見方はすべて否定します。誰かに、取るに足らない一介の個人などと言われたときにはーーー私にはこういう経験がありますがーーーおとなしく聞いてはいけません。だれもがみんな個人なのであり、そのなかにはそういう風にバカにした相手も含まれる以上、こちらもバカにされるいわれはないのです。個人としての自己の重要性を主張するのは、味方の陣営を守ることなのです。と、フォスターはと、さらにいう。
 
われわれに影響をあたえる本とは、われわれが待ちかまえている本、そして自分の歩いている道の少し先を歩いている本なのではないだろうか。と、フォスターはと、さらに教えてくれる。ヴァージニア・ウルフ
 
 

 

准看護師事件に思う

千葉県の准看護師睡眠導入剤をお茶に混入させた事件は、同僚への妬みが原因と報じられ、カインとアベルのことを思い出した。
 
神は農耕者カインのささげは喜ばれず、牧畜者の弟アベルのささげ物を喜ばれた。
カインはアベルと憎み、殺してしまった。
 
自分に備わっていないものは何なのか。自分を見つめ直すことが出来ない。
過去の自分にも、悪いのは全部自分以外の人という傲慢な日々があった。過去を後悔しつつも悔い改めの毎日です。
 
申命記に書かれています。
人が自分の子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを心に留めなさい。あなたの神、主の戒めを守り、主の道を歩み、彼を畏れなさい。

イトーヨーカ堂の売り場雑感

トーヨーカ堂の売り場を見ると、プライベートブランドが増えすぎて、寒々とした印象を受け、買う気を催さなくなる。食料品売り場ではレジのおばさんのユニフォームまでが、商品のパッケージ色と同じように見える。
個が否定される統制された独裁国家を連想される。それぞれの商品の自己主張を殺しているのだ。物流の能率とか、利益優先とかがビジネスの課題となってしまって、買う楽しみを削いでいるようだ。消費者優先の政策なのだろうか。セブンイレブンも然りだ。

イェイツ詩集

今度こそ腰を上げて、わたしは帰りたい、あのイニスフリーへ。
I will arise and go now, and go to Innisfree,
And a small cabin build there,of clay and wattles made:

顔が覚えられない・・・

世田谷区のとあるマンションの掃除をしています。

朝一番で、ゴミ出しに来る奥様がいます。「おはようございます」と挨拶をします。

数時間後に、お出かけになるこの奥様にまた、「おはようございます」と挨拶をします。

すると、まるでいやな顔をされます。

このバカ、同じ挨拶をしてと、心の中で豊田議員のように叫んでいるのかもしれません。

 

朝のゴミ出しのお顔と、お出かけになるお顔が、まるで別人なのです。

他の方は、朝のゴミ出しのお顔が黒く、お出かけの顔が白くても、たいがいわかるのですが、この方だけは間違えます。

何か良い手立てはないかと。

文学講義を聴いてみよう。

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うやむやが晴れたというか、
『われわれに影響を与える本とは、われわれが待ち構えている本、そして自分の歩いている道の少し先をあるいている本ではないのだろうか。それどころか、この本なら自分でも書けたのではないかと思うときーーーそのときこそ、影響を受けるのではないだろうか』
さらに彼は言う
『「すばらしいな!」「考えもしなかった!」「まさに記念碑的だ!」というばあいには、影響をうけない。精神がひろがっただけである』
 
ここで『プルースト』の項を読むと、さらに面白い。
現代の記録文書として、この作品は測りしれない価値があるのだ。
明日は今日よりましとはかぎらず、悪くなる可能性もある。だが明日にはひとつだけ、かけがえのない魅力がある。すなわち、まだ来てはいないということだ。
 
なんと勇気を与えてくれる言葉ではないか。
 
昔、あの時、『眺めのいい部屋』をサラッと読んでしまったという記憶しかない。もう一度、読み直してみよう。
 
フォースター、ナボコフクンデラ、この3先生の文学講義があったら、真っ先にフォースターの教室に行ってみたい。

選挙の結果、聖書に立ち帰れ!

だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。・・・イエスは招いてくれた人にも言われた。・・・宴会を催すときには、むしろ、貧しい人、体の不自由な人、足の不自由な人、目の見えない人を招きなさい。そうすれば、その人たちはお返しができないから、あなたは幸いだ。正しい者たちが復活するとき、あなたは報いられる。
 
ペトロの手紙一 5節に
だから、神の力強い御手の下で自分を低くしなさい。そうすれば、かの時には高めていただけます。思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです。