『失われた時を求めて』第十三巻

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前巻とはガラッと変わって比喩を駆使した老いた人々の描写が鋭い。それでいて、笑える。
 
当時、惚れ惚れする超美人の映画女優が数十年経てみれば頬も、眼の下も弛み皺がくっきりしてしまい、往年の美しさは見る影もなくなってしまった。
 
昔、好きだった下町のTさん、もう一度会ってみたいと思う気持ちと、会わなくて想い出だけをとっておいた方が良いと交差している。
 
何故かと言えば「頬のまわりには巨大な沖積土がたまって・・」(鈴木道彦訳『見出された時II』72ページ)だったらどうしよう。
 
ジョルジュ・サンド『ばらいろの雲』を図書館から借りてきた。母親から読んで聞かせてもらった『捨て子のフランソワ』こんな物語ではなっかったのだろうか。烈しく自由奔放な女性像であるサンドをあらためて見直した。

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一冊の書物というのは広大な墓地だが、そこにある大部分の墓石の上にある名前は消え去って読むことも出来ない。
 
プルーストの総括が始まった。
かつての土地、マドレーヌ、音、祖母、アルベルチーヌ、サン・ルーの死、戦時中でありながらシャルリュス男爵の享楽。
 
時間と伴にその記憶も薄れてゆく。
子供の頃、母から読み聞かされたジョルジュ・サンドの『フランソワ・ル・シャンピ』の楽しい思い出。
 
広大で重厚な作家心得、小説作法は何度も読み返しながら徐々に進んでゆく。
 
アンパンもいろいろあるが、ここまで濃厚なあんこがよくはみ出てこないと感心する。一気には食べられない。私にとってマドレーヌに代わる味だ。

矢野、小野

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毎朝、二子玉川の駅に降りて楽しみのひとつが、このブルーノートだ。

矢野顕子がトリオで出ていた!健在だたのだ顔がほころぶ。

前号は小野リサがでていた。アントニオ・カルロス・ジョビン・・・この暑さ、美味しい水飲みたい。

Macを引越、置き場所を変えた。

Mac miniのグラフィックボードがいかれてから、修理に最低4,5万円かかるといわれ、Windows10をVAIOノートパソコンの中古で使っている。
 
中古と行っても画面のムラはないし、キズもあまりなくそこそこようのだが、ACコードの接続部分が不安定で、うっかりすると充電ランプが消えている。この際、思い切ってSSDに換装した。スピードが速くなりイライラは解消できた。この接続部分の修理も2,3万かかるようで、それならば壊れた時でもヤフオクで入札しようと見てみると、あるある、うれしくなる。
 
Mac miniもこれじゃもったいないので、古いiMacにターゲットモードでつなぎ、ハードディスクだけは活かしている。
歳をとり、1階での生活が主になってしまい、2階の書斎にあるMacを1階に移すことにした。家内は不機嫌でWindowsだけ使っていればいいじゃないと、ふまんたらたら。
しかし、移してみたら何となくMacも早くなったような気がする。最新のOSは無理だが以前のままで不満はない。ハイパーカードをのんびり楽しんでいた頃から比べれば別世界だ。
たまには環境設定を変えるのもいいね。

可憐な2つ

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今年も玄関脇にそっと咲いてくれました。

失われた時を求めて』も見出された時Iになり、猛暑の中、つい疎々しそうになりながら読んでいます。「日本杉が作るビロード」とはどんな色なのだろうか、日本製の象牙のボタンも出てくるがピンときません。さすがに日本の菊はわかりましたが。

死んだはずだよ・・・『失われた時を求めて-逃げ去る女』

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玄冶店なのか源冶店なのか、死んだはずだよ、お冨さんではないアルベルチーヌ。
 
私がベネツィアへの旅行中にホテルへ電報が来た。
アルベルチーヌが生きていたのが衝撃的だが、私が滞在しているホテルへ電報があったのが、又不思議だ。
 
彼女を忘れ、あらたな女性に触手を伸ばしている。
 
梅雨が明けた。