なんとなく、なんとなく。

魯迅、『補天』を読んだ。
 
蒸し暑さの中、ようやく来たバスに乗った。
あー涼しいとくつろいでいたら、次のバス停でおばあさんが乗ってきた。
座る席がない。
 
譲ったら喜んでくれた。終点まで雑談。
 
バスを降りて、電車に乗るべくエスカレーターに乗ったら、後ろからちょんちょんの合図があり、振り向いたら先ほどのおばあさん。
どちらまでと聞くので、あっちと言ったらたいそうがっかりしてくれた。
ナンパされそうになったのかな。
 
『僧正殺人事件』を読み終えた。
犯人の目星は外れた。

渋谷の空がだんだんなくなる

久しぶりに地上の渋谷へ行き、南口、桜ヶ丘方面のビルがなくなり、広々としているのを見てびっくりした。

渋谷は時々通過していたが、田園都市線から東横線で地下ばかりだった。

南口も高層ビルになるようだが、空を見上げても狭い空間しかなくなってしまう。

 

なぜ高いビルばかり必要なのだろうか。バベルの塔

 

渋谷パルコができた頃、山手教会のコンサート、桑沢の学生の仮装行列、宮下公園、

あの頃はのんびりしていた。

認知症の人を抱えてお困りの方へ、最高のプレゼント

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認知症の人へ接し方を変えてくれる

家内が骨折入院中ですが、

入院前には一人で近所の銭湯へ行き、休憩中で誰もいなかったので勝手に入り、

入浴して、冷蔵庫に入っていたジュースを勝手に飲んでしまった。

家内がいないので探し回ったら、近所の人が銭湯にいたわよと連れてきてくれた。

これはもう認知症だと愕然とした。

 

入院中もおかしなことを言い出し、人相も目つきも悪くなってしまった。

見舞いに行っても帰れと言われるし、

情けなくなった。

主治医の先生からは、入院が長引くと認知症の症状が出てくる出てくるといわれた。

 

そして、その後、

上記の本を読んで、家内に対しての接し方が変わった。

認知症の人を抱えたり、認知症ではないかと疑っている方、是非読んでいただきたい。

 

最後の「おわりに」は涙なしには読めない。

 

認知症は神さまが人生の最後にくれた最高のプレゼントなのです。

 

著者の吉田先生の言葉、心に刻みこんで家内と付き合います。

 

今という瞬間

大腿骨付け根骨折の手術後、脱臼を繰り返し、
いつリハビリ病院へ転院できるのか、見通しが立っていない。
 
電動ベッドや車椅子などレンタルで借りたものを一時返すことになり、
引き上げていった。
電動ベッドがなくなり、部屋が広々とした反面、
妻がいない部屋のむなしさが広がった。
 
「人命いくばくの間にかある」
「呼吸の間なり」
 
今という瞬間に全力を尽くそう
将来のことは何もわからない

これは難病だ

嚥下に問題があるからと、

病院側の配慮でトロトロや刻み食になっているののが本人は気に入らない。

梅干しを買ってこい、佃煮が欲しいなどすきなことを言う。

 

手術後、数日しかたっていないのに足を動かす。

ついには手術したボルトが外れかかっていると

担当医師から連絡があった。

 

頑固でアドバイスを聞かない。

困ってものだ。

手術無事完了

痛い痛いと言っていたが、まさか骨折しているとは思わなかった。

 

MRI、血液検査、レントゲンの結果、大腿骨付け根骨折だった。

 

金属棒でくっつける、3,4時間の手術だったが、

本人は全身麻酔で寝て起きたら終わっていたらしい。

 

これからは丁寧に扱わなければならないが、

時間がないときはどうしよう

正法眼蔵曰く、これも修業か。