イトーヨーカ堂の売り場雑感

トーヨーカ堂の売り場を見ると、プライベートブランドが増えすぎて、寒々とした印象を受け、買う気を催さなくなる。食料品売り場ではレジのおばさんのユニフォームまでが、商品のパッケージ色と同じように見える。
個が否定される統制された独裁国家を連想される。それぞれの商品の自己主張を殺しているのだ。物流の能率とか、利益優先とかがビジネスの課題となってしまって、買う楽しみを削いでいるようだ。消費者優先の政策なのだろうか。セブンイレブンも然りだ。

イェイツ詩集

今度こそ腰を上げて、わたしは帰りたい、あのイニスフリーへ。
I will arise and go now, and go to Innisfree,
And a small cabin build there,of clay and wattles made:

顔が覚えられない・・・

世田谷区のとあるマンションの掃除をしています。

朝一番で、ゴミ出しに来る奥様がいます。「おはようございます」と挨拶をします。

数時間後に、お出かけになるこの奥様にまた、「おはようございます」と挨拶をします。

すると、まるでいやな顔をされます。

このバカ、同じ挨拶をしてと、心の中で豊田議員のように叫んでいるのかもしれません。

 

朝のゴミ出しのお顔と、お出かけになるお顔が、まるで別人なのです。

他の方は、朝のゴミ出しのお顔が黒く、お出かけの顔が白くても、たいがいわかるのですが、この方だけは間違えます。

何か良い手立てはないかと。

文学講義を聴いてみよう。

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うやむやが晴れたというか、
『われわれに影響を与える本とは、われわれが待ち構えている本、そして自分の歩いている道の少し先をあるいている本ではないのだろうか。それどころか、この本なら自分でも書けたのではないかと思うときーーーそのときこそ、影響を受けるのではないだろうか』
さらに彼は言う
『「すばらしいな!」「考えもしなかった!」「まさに記念碑的だ!」というばあいには、影響をうけない。精神がひろがっただけである』
 
ここで『プルースト』の項を読むと、さらに面白い。
現代の記録文書として、この作品は測りしれない価値があるのだ。
明日は今日よりましとはかぎらず、悪くなる可能性もある。だが明日にはひとつだけ、かけがえのない魅力がある。すなわち、まだ来てはいないということだ。
 
なんと勇気を与えてくれる言葉ではないか。
 
昔、あの時、『眺めのいい部屋』をサラッと読んでしまったという記憶しかない。もう一度、読み直してみよう。
 
フォースター、ナボコフクンデラ、この3先生の文学講義があったら、真っ先にフォースターの教室に行ってみたい。

選挙の結果、聖書に立ち帰れ!

だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。・・・イエスは招いてくれた人にも言われた。・・・宴会を催すときには、むしろ、貧しい人、体の不自由な人、足の不自由な人、目の見えない人を招きなさい。そうすれば、その人たちはお返しができないから、あなたは幸いだ。正しい者たちが復活するとき、あなたは報いられる。
 
ペトロの手紙一 5節に
だから、神の力強い御手の下で自分を低くしなさい。そうすれば、かの時には高めていただけます。思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです。

回想のブライズヘッド 下巻

「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。両親ですか。」イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。・・・」
ヨハネによる福音書9-3
 
罪の生活を送ってきたのではなく、情熱が挫折したのでもない。
ジューリアとライダーは別れるべくして別れたのだ。
 
好きとか愛しているとか言い合っている付き合いが続いて、「わたしは方角もわからない海に浮かんでいた 」と、ふと思うことがあった。
 
情熱というスカラー量は同じでも、ベクトルの方向が同じでなければ挫折が待っている。
コーデリアには「愛する」という動詞の過去形はなく生きて、
セバスチャン「愛する」という動詞の過去形で生き、酒飲みの修道僧でアフリカに埋もれてしまうのだろうか。
ブライズヘッドでの若き日の記憶。兄弟の離散。
広大な邸宅の相続で一波乱と思ったが期待外れだった。こだわりはないのか。
我が国だったら、醜い争いの一幕があったのではなかろうか。

主よ、今日も生きることが出来るのは、あなたの賜物です。

栄枯盛衰は必ずあるのだ。盛ばかりと思っていた自分が恥ずかしい。

『回想のブライズヘッド』『楡家の人々』、架空の話ではない。現実に起きるのだ。

だが、衰を知らずに往生できるのは幸せと言うほか無い。

本を読もう。作家の経歴を知ろう。自らのこれまでの人生を照らし合わせよう。