失われた時を求めて第五巻から

真に美しい作品は、真摯に耳を傾けた場合、われわれをもっと失望させることになる。われわれが所持する既成概念のコレクションのなかに、そんな個性的な印象に対応する概念など一つも存在しないからである。
これをうけて、
如何に立派な批評家といえども、その評価のなかに見出されるのは知性にすぎず、それは私の知性よりはるかに優れたものだとしても結局のところ知性であることに変わりはないからである。
 
書評サイトの中には、この知性を十二分に発揮されている常連がいらっしゃいますが、ゲルマント公爵夫人やゲルマント大公妃のような詩的な資料が提供されることは少ない。